No.416
2008-08-30
機先を制する
494 船の旅・考
493 「キャタピラー」
492 急がば回れ!
491 三浦哲郎の歳月
490 未完絶筆 良寛
489 女優というもの
488 「クロッシング」
487 ペシャワール会 中村哲
486 独楽吟
485 6月15日に考える
484 究極の分かち合い
483 思い出袋
482 浦河べてるの家2
481 経営者人材
480 「茜色の空」
479 「嗚呼 満蒙開拓団」
478 追悼・井上ひさし
477 ホスピス・ものがたりの郷
476 拉致家族会
475 ものがたり診療所
474 実朝忌
473 地域金融
472 日韓併合100年
471 「逝かない身体」
470 春近し
469 みすず書房
468 イサム壮行会
467 労働市場の改革を!
466 天上大風
465 ベーシックインカム
464 捨てる心地よさ
463 「カティンの森」
462 回想の魔術
461 ノンエリートの社会空間
460 「普天間」を乗り切る
459 光州の記憶
458 死者よ来たりて
457 ビジネス・インサイト
456 率直な疑問
455 自己愛に沈む若者
454 続・演劇の力
453 演劇の力
452 「こどものその」
451 農業政策の分岐点
450 抱きしめたい8月
449 “こころ”という代物
448 不良少“女の一生”
447 湯布院と博多祇園山笠
446 男おひとりさまの老後
445 ふるさときゃらばん公演
444 名古屋市に注目!
443 トップ人事と秘話
442 バロン・サツマ
441 「グラン・トリノ」
440 「パンデミック」
439 後輩X君へ
438 すべてが廃虚に
437 「法然と親鸞」
436 「ムサシ」
435 ヒトを選ぶ
434 闇社会・京都の影
433 笑うしかないか
432 ラジオと映画
431 通訳から作家へ
430 「生き急ぐ」内村剛介
429 携帯を忘れた旅
428 1枚の賀状から
427 “がん”からの生還
426 2人の恩人との別れ
425 育英基金構想
424 レッドクリフ
423 アパの真相
422 無冠の車椅子
421 画家 木下晋
420 科学者たちの楽園
419 救急精神病棟
418 紅とんぼ
417 極道記者
416 機先を制する
415 新・脱亜論
414 浜口陽三・南桂子
413 朝の靴音
412 “友川カズキ”を贈る
411 コンベンションビジネス
410 キューバ
409 信長
408 横付けサービス
407 脱・脱ダムと新幹線
406 ポスト消費社会
405 黒山もこもこ
404 ふり返る勇気
403 吹田事件
402 伏木・没落旧家
401 「じゃあな」




 深く詮索しないで聞いてほしい。暑い盛りの昼前であった。いつも利用するスーパーに、定番の豆腐、納豆、干物などを補充しようと立ち寄り、買い物籠を手にした時である。向こうから、やあ、と声を掛けながら手を挙げてやってくる。薄いブルーの作業着を着ているほぼ同世代。ちょっと時間がかかったがようやく思い起こすことが出来た。やせてはいるが、“あの人”である。
元気そうだね、といい、握手の手を差し出している。こちらのちょっと複雑な思いにも委細かまわずという感じだ。つい手を出さざるを得ない。機先を制するというのは、こんなことかも知れない。作業着の胸にある社名に手をやりながら、近くの病院に清掃に来ているんだ、と明るい声。社名は確かに見覚えのあるビル清掃会社であった。
“あの人”は1年先輩である。中心商店街で洋装店を経営していた。慶応高校、慶応大学、そして慶応ビジネススクールを出ており、ダイエー2代目・中内潤とは同期生で机を並べていたこともある。父上が地方におけるマンション事業の先駆者で、“あの人”はマンション管理組合の理事長も務めていた。魔が差したというのであろうか、こともあろうにマンションの修繕積立金に手をつけてしまった。数年前のことである。とても信じることができなかった。留置場も永かったはずである。
こんな形での再会とは意外であり、レジに向かう“あの人”はパンとちょっとした果物を買っているようであり、昼食用なのだと妙に納得がいった。
同様にもうひとり、こんな人がいる。高校の同期生でやはり、慶応に進んだ。いわゆる2代目で、やさしい男である。数年前、父の後を継いだ商社が破産した。へえそうなのか、と話に聞いていたのだが、駅前のタクシー配車係をしているのを見てしまった。客を手振りよろしく誘導し、客が乗ったタクシーに頭を下げている。確かに彼だ、と確認したが、とても会わせる顔がないと、こちらが足早に方向を変えてしまった。
この二人に共通するのは、開き直ったふてぶてしさが感じられないことだ。むしろ素直に現実を受け入れて、こんな姿も見てもらっていいのだという風である。もちろんそこに到達するには時間がかかっていることは間違いない。三好達治の詩の一節に「さあ、涙を拭いて働こう」がある。こんな情景であろうか。
サブプライムに端を発した世界不況は、こんな企業が、こんな人がと思うレベルにも襲いかかっている。身構えれば身構えるほど、自分では正解であっても、その萎縮が集まって不況を加速させる<無謬の合成>に陥ってしまう。したがって、これからが本番不況がやって来ると思った方がいい。追い詰められた時に、どう身を処していくかも考えておかねばならない。といって、さほどでもないことなのである。
しかし、身の処し方を、ちょっと間違うとこうなる。誰にも破滅願望のようなところがある。種田山頭火や、尾崎放哉がもてはやされるのは、そうした心理をうつしたものといえる。酒が誘い水となる。山頭火、放哉ともに酒乱といっていい。酒は絶望をより深くし、弱さに拍車をかける。転げ落ちるといっていい。この二人には、俳句という身を削る表現願望が加わった。苦しみが苦しみを見つめ出し、言魂となって喉奥からひねり出している。辞世の句はそれぞれ「もりもりもりあがる雲へ歩む」「春の山のうしろから烟が出だした」。どんな名句を残されようと、周囲の迷惑千万を考えれば、凡人の処し方とはいえない。
はてさて、ここはやはり“ヨイトマケ”であろう。友達を見たら、怯んだところを見透かされる前に、機先を制して声を掛けることだ。母ちゃんのためなら、エンヤコラ こどものためなら、エンヤコラ 涙をぬぐって、エンヤコラ。
8月も終わるが、63の馬齢を重ねる。山頭火にこんな句がある「六十にして落ちつけないこゝろ海をわたる」。

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