No.420
2008-10-12
科学者たちの楽園
495 「さすらいの舞姫」
494 船の旅・考
493 「キャタピラー」
492 急がば回れ!
491 三浦哲郎の歳月
490 未完絶筆 良寛
489 女優というもの
488 「クロッシング」
487 ペシャワール会 中村哲
486 独楽吟
485 6月15日に考える
484 究極の分かち合い
483 思い出袋
482 浦河べてるの家2
481 経営者人材
480 「茜色の空」
479 「嗚呼 満蒙開拓団」
478 追悼・井上ひさし
477 ホスピス・ものがたりの郷
476 拉致家族会
475 ものがたり診療所
474 実朝忌
473 地域金融
472 日韓併合100年
471 「逝かない身体」
470 春近し
469 みすず書房
468 イサム壮行会
467 労働市場の改革を!
466 天上大風
465 ベーシックインカム
464 捨てる心地よさ
463 「カティンの森」
462 回想の魔術
461 ノンエリートの社会空間
460 「普天間」を乗り切る
459 光州の記憶
458 死者よ来たりて
457 ビジネス・インサイト
456 率直な疑問
455 自己愛に沈む若者
454 続・演劇の力
453 演劇の力
452 「こどものその」
451 農業政策の分岐点
450 抱きしめたい8月
449 “こころ”という代物
448 不良少“女の一生”
447 湯布院と博多祇園山笠
446 男おひとりさまの老後
445 ふるさときゃらばん公演
444 名古屋市に注目!
443 トップ人事と秘話
442 バロン・サツマ
441 「グラン・トリノ」
440 「パンデミック」
439 後輩X君へ
438 すべてが廃虚に
437 「法然と親鸞」
436 「ムサシ」
435 ヒトを選ぶ
434 闇社会・京都の影
433 笑うしかないか
432 ラジオと映画
431 通訳から作家へ
430 「生き急ぐ」内村剛介
429 携帯を忘れた旅
428 1枚の賀状から
427 “がん”からの生還
426 2人の恩人との別れ
425 育英基金構想
424 レッドクリフ
423 アパの真相
422 無冠の車椅子
421 画家 木下晋
420 科学者たちの楽園
419 救急精神病棟
418 紅とんぼ
417 極道記者
416 機先を制する
415 新・脱亜論
414 浜口陽三・南桂子
413 朝の靴音
412 “友川カズキ”を贈る
411 コンベンションビジネス
410 キューバ
409 信長
408 横付けサービス
407 脱・脱ダムと新幹線
406 ポスト消費社会
405 黒山もこもこ
404 ふり返る勇気
403 吹田事件
402 伏木・没落旧家
401 「じゃあな」




 十分な研究予算が用意され、スタッフ獲得などの人事権もある、加えて研究テーマも自由。主任研究員になると、それらのすべてが与えられる。そんな研究機関が大正時代から日本に存在した。高峰譲吉が提唱し、渋沢栄一が設立者総代となり、皇室からの御下賜金、政府補助金、民間からの寄付金によって設立された財団法人「理化学研究所」だ。1917年、文京区駒込でスタートした。国家の威信をかけた科学技術振興策である。全国の天才秀才が集まるのだが、これをどうマネジメントするかが、最大の課題であったのだろう。いち早く、22年に研究室・主任研究員制度を導入した。欧米に負けるな、が合言葉であり、研究効率を優先すれば、そうならざるを得ない。
 こんな偶然がある。日本人3人のノーベル物理学賞の報が届いた7日、富山県民会館で、俳優座による「東京原子核クラブ」が上演された。同賞受賞の朝永振一郎がモデルで、東京本郷の下宿・平和荘を舞台に、理化学研究所の仁科芳雄研究室の面々が登場する。入所初日で自信喪失して田舎に帰ろうとする朝永。世界に先駆けた朝永の論文を、仁科は机の引き出しに忘れてしまい、欧米の学者に先を越されて発表されてしまうなど、逸話が散りばめられている。
 テーマは日本での原爆開発。海軍と陸軍の双方から原爆開発を持ちかけられる仁科に、世界トップ水準という自負が背中を押す。37年、荷電粒子の加速器であるサイクロトロンを完成させる。徹夜続きの実験部隊は、あまりの酷使に、「仁科のバカヤロー」と叫ぶ日々。しかし結果的には、アメリカのオッペンハイマーをリーダーとするマンハッタン計画に先を越されてしまう。戦後になって、ドイツ留学から帰った朝永が、下宿の女主人から、原爆開発をどう思うかと詰問される。「科学者としては、米に先を越されたことがすごく悔しい」と、研究者の業をふりしぼるように話す。もし仁科が先に開発していれば、おそらく中国戦線で使っていただろう。慄然とする仮定である。
 戦後、占領軍はサイクロトンを東京湾に投棄し、理化学研究所は独占排除で解体されてしまう。研究所と称しているが、理化学コンツェルンという堂々とした財閥で、最盛期には63企業、工場数121を有していた。売上高370万円、特許料、配当収入など303万円で、その時の研究費は231万円。使いきれない潤沢なものであった。
 ひとつの例は、鈴木梅太郎研究室が開発したビタミンA。原価1.2銭のものを10銭で売り出し、脚気に効くと評判を呼び、一時収入の8割を稼ぎ出した。人材の輩出も然り。第1回文化勲章は理化研の長岡半太郎と本多光太郎であり、寺田寅彦、湯川秀樹もみんな揃っている。そして戦後、特殊法人として不死鳥の如く復活する。03年には独立行政法人化されてノーベル化学賞の野依良治氏が理事長を勤めている。今も科学者達のパラダイスなのだろうか。
 かつて米在住のノーベル賞受賞者を講演に招こうと画策した経験がある。某筋から飛行機はファーストクラスで夫婦同伴、空港からはリムジン、国内ではハイヤーを手配し、宿泊はその地域のトップホテルでスイートルーム、講演料は当時で100万円以上を用意することといわれ、すぐに断念した。最近の出来事だが、ノーベル賞を受賞している沖縄科学技術大学院理事長にファーストクラス航空券の不正利用が発覚した。ノーベル賞の影の部分だ。そして一部にある受賞者の世間知らずの傲岸不遜を思うと、もうノーベル賞信仰もほどほどにといいたい。ノーベル財団もサブプライムの影響を受けて、資金運用に苦しんでいるというから、いい機会でもある。
 いまひとつ。文部科学省はこうした時流に乗って、来年度予算に革新的技術支援として140億円要求している。配分先を決めるのは常勤4人の有識者という。良質の情報を基準にというが、それも権威とする“理化研”に頼るしかない、意外と狭い世界なのである。学閥を通じた“馴れ合い配分”となり、“つかみ金”になる恐れが強い。

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