No.422
2008-11-05
無冠の車椅子
495 「さすらいの舞姫」
494 船の旅・考
493 「キャタピラー」
492 急がば回れ!
491 三浦哲郎の歳月
490 未完絶筆 良寛
489 女優というもの
488 「クロッシング」
487 ペシャワール会 中村哲
486 独楽吟
485 6月15日に考える
484 究極の分かち合い
483 思い出袋
482 浦河べてるの家2
481 経営者人材
480 「茜色の空」
479 「嗚呼 満蒙開拓団」
478 追悼・井上ひさし
477 ホスピス・ものがたりの郷
476 拉致家族会
475 ものがたり診療所
474 実朝忌
473 地域金融
472 日韓併合100年
471 「逝かない身体」
470 春近し
469 みすず書房
468 イサム壮行会
467 労働市場の改革を!
466 天上大風
465 ベーシックインカム
464 捨てる心地よさ
463 「カティンの森」
462 回想の魔術
461 ノンエリートの社会空間
460 「普天間」を乗り切る
459 光州の記憶
458 死者よ来たりて
457 ビジネス・インサイト
456 率直な疑問
455 自己愛に沈む若者
454 続・演劇の力
453 演劇の力
452 「こどものその」
451 農業政策の分岐点
450 抱きしめたい8月
449 “こころ”という代物
448 不良少“女の一生”
447 湯布院と博多祇園山笠
446 男おひとりさまの老後
445 ふるさときゃらばん公演
444 名古屋市に注目!
443 トップ人事と秘話
442 バロン・サツマ
441 「グラン・トリノ」
440 「パンデミック」
439 後輩X君へ
438 すべてが廃虚に
437 「法然と親鸞」
436 「ムサシ」
435 ヒトを選ぶ
434 闇社会・京都の影
433 笑うしかないか
432 ラジオと映画
431 通訳から作家へ
430 「生き急ぐ」内村剛介
429 携帯を忘れた旅
428 1枚の賀状から
427 “がん”からの生還
426 2人の恩人との別れ
425 育英基金構想
424 レッドクリフ
423 アパの真相
422 無冠の車椅子
421 画家 木下晋
420 科学者たちの楽園
419 救急精神病棟
418 紅とんぼ
417 極道記者
416 機先を制する
415 新・脱亜論
414 浜口陽三・南桂子
413 朝の靴音
412 “友川カズキ”を贈る
411 コンベンションビジネス
410 キューバ
409 信長
408 横付けサービス
407 脱・脱ダムと新幹線
406 ポスト消費社会
405 黒山もこもこ
404 ふり返る勇気
403 吹田事件
402 伏木・没落旧家
401 「じゃあな」




 文化の日ひとり無冠の車椅子(拙句)。春秋2回、腹立たしく、不快に思う日がある。文化の日という11月3日と、昭和の日とかいう4月29日だ。新聞テレビは叙勲者の氏名、その紹介で埋め尽くされる。わが国にこれほど善行を積む人が多いのなら、さぞかしと思うがさにあらず、自殺者が今年も3万人を超える惨状である。よく見ると、首をかしげたくなるような人物も数多い。何よりもこの選考作業に携わる労働の虚しさを想像せずにはおれない。春秋に各4,500人として年間9,000人で、褒章も合わせるとざっと1万人に達する。総理府賞勲局をはじめとして、どれほどの公務員が時間を割いているのだろうか。各県に満遍なく、より基準に合うように、ただただ細心の注意を、という実態だろう。加えて、さる筋からの横槍、割り込ませが多い。大分県教委の口利きがここでも横行していると思っていい。
 こんなケースがあった。ベアリングなどの製造業で、79年から92年までトップに君臨していた。東京工業大学を出て、海軍技術大尉を経ているのだが、その強烈な自負心で超ワンマン振りを発揮するのだから周囲は堪らない。荒唐無稽な経営選択もあったのだが、呆れ返ったのは叙勲のために社内にチームが出来たこと。当時は勲何等とかの等位もあったので、誰それよりも上位でなければとの思惑から、子供の点数漁りの態であった。そんな愚かな作業に走りまわされる悲喜劇を、この企業に限らず生んでいることも忘れてならない。
 生存者の叙勲が始まったのが64年。池田隼人が首相で、“電力の鬼”松永安左エ門に叙勲の内意を伝え、功績調書を出してほしいと頼んだところ、「人間の値打ちを人間が決めるとは何ごとか」と怒ってしまったという。松永らしい逸話だが、結局受けている。心底辞退したのは福沢諭吉。「車屋は車をひき、豆腐屋は豆腐をこしらえて、書生は書を読むという人間当たり前の仕事としているのだ、その仕事をしているのを政府が誉めるというなら、まず隣の豆腐屋から誉めてもらわなければならぬ」と啖呵を切って、受け取ることは無かった。今秋の叙勲で、宮沢喜一元首相の遺族が辞退していたと聞き、さすがリベラルな家系と爽やかな風を感じた。
 権力にとって、これほど安上がりな求心手段は無い。勲章などの製造費用を含めて30億円程度というが、経済に強いという現首相あたりは、叙勲記念パーティから祝賀広告まで関連する需要は10倍以上と胸を張り、叙勲者倍増で内需喚起といい出すかもしれない。
 こんな提案をする人もいる。年金を70歳まで辞退した人に無条件で叙勲するという手だ。叙勲者の半数が公務員というから、これは大きな年金改革になる。「ノーブレス オブリージュ」賞というのがピッタリだろう。これを各省庁、各県、各市町村毎に公表し、これを省庁予算、地方交付税などに反映するのもいい。
 もし、政党マニフェストで、文化勲章は残すが現行の叙勲制度を廃止するという案があれば、その政党を支持することを明言しておく。
 さて、冒頭の句は97歳の父を詠ったものである。老人保健施設に入所しているが、先月末熱を出し、肺炎かもしれないと5日ばかり入院した。老人保健施設は医療行為が限定されているので、連携する病院への緊急入院となる。しかし、現実問題として、病院でもこんな老人を受け入れたくないのがホンネだ。緊急トリアージ制度があれば最下位で、妊産婦、乳幼児が最優先であって当然であり、家族としても何となく申し訳ないと気が引ける気持ちが少なからずある。往診か、もしくは一定の医療行為の容認があれば解決すると思うが、介護医療保険の切り詰めを最優先する厚生労働省は頑として応じない。案の定、点滴を外すからと軽い拘束を受けて、ついに車椅子となってしまった。勲章を飾さなくとも、明治に生まれて、激動の大正・昭和を駆け抜けた無名無冠の君は素晴らしいと、詠んだつもりである。

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