No.436
2009-04-05
「ムサシ」
494 船の旅・考
493 「キャタピラー」
492 急がば回れ!
491 三浦哲郎の歳月
490 未完絶筆 良寛
489 女優というもの
488 「クロッシング」
487 ペシャワール会 中村哲
486 独楽吟
485 6月15日に考える
484 究極の分かち合い
483 思い出袋
482 浦河べてるの家2
481 経営者人材
480 「茜色の空」
479 「嗚呼 満蒙開拓団」
478 追悼・井上ひさし
477 ホスピス・ものがたりの郷
476 拉致家族会
475 ものがたり診療所
474 実朝忌
473 地域金融
472 日韓併合100年
471 「逝かない身体」
470 春近し
469 みすず書房
468 イサム壮行会
467 労働市場の改革を!
466 天上大風
465 ベーシックインカム
464 捨てる心地よさ
463 「カティンの森」
462 回想の魔術
461 ノンエリートの社会空間
460 「普天間」を乗り切る
459 光州の記憶
458 死者よ来たりて
457 ビジネス・インサイト
456 率直な疑問
455 自己愛に沈む若者
454 続・演劇の力
453 演劇の力
452 「こどものその」
451 農業政策の分岐点
450 抱きしめたい8月
449 “こころ”という代物
448 不良少“女の一生”
447 湯布院と博多祇園山笠
446 男おひとりさまの老後
445 ふるさときゃらばん公演
444 名古屋市に注目!
443 トップ人事と秘話
442 バロン・サツマ
441 「グラン・トリノ」
440 「パンデミック」
439 後輩X君へ
438 すべてが廃虚に
437 「法然と親鸞」
436 「ムサシ」
435 ヒトを選ぶ
434 闇社会・京都の影
433 笑うしかないか
432 ラジオと映画
431 通訳から作家へ
430 「生き急ぐ」内村剛介
429 携帯を忘れた旅
428 1枚の賀状から
427 “がん”からの生還
426 2人の恩人との別れ
425 育英基金構想
424 レッドクリフ
423 アパの真相
422 無冠の車椅子
421 画家 木下晋
420 科学者たちの楽園
419 救急精神病棟
418 紅とんぼ
417 極道記者
416 機先を制する
415 新・脱亜論
414 浜口陽三・南桂子
413 朝の靴音
412 “友川カズキ”を贈る
411 コンベンションビジネス
410 キューバ
409 信長
408 横付けサービス
407 脱・脱ダムと新幹線
406 ポスト消費社会
405 黒山もこもこ
404 ふり返る勇気
403 吹田事件
402 伏木・没落旧家
401 「じゃあな」




 巌流島決闘で、佐々木小次郎(小栗旬)は死ななかった。検死役の藩医に「お手当てを!」と叫び、疾風の如くムサシ(藤原竜也)は立ち去ったが、命を取り留めたのである。爾来6年、小次郎はひたすら無念を果たさんと、ムサシを探し求めた。元和4年(1618)夏、ところは鎌倉。宝蓮寺なる小さな寺で、寺開きの参籠禅が行われようとしている。導師となるのが京都大徳寺の長老・沢庵和尚(辻萬長)、客人として能狂いで将軍家指南役の柳生宗矩(吉田鋼太郎)、宝蓮寺再興に尽力した大檀那・筆屋乙女(鈴木杏)、同じく木屋まい(白石加代子)。そして、この寺の作事を務めたムサシが加わっている。そこに小次郎があらわれる。ムサシ憎しと捜し求め、ここ宝蓮寺でついに宿敵をとらえた。今度こそは五分と五分、決着をつけるべく果たし状を突きつける。
 風に揺れる竹林、能舞台と橋掛かり、竹林にかかる満月と背景が整い、鳴り物入りの『ムサシ』は舞台の幕を上げた。台本を書いたのが井上ひさし、演出が蜷川幸雄、プロデューサーがホリプロ・堀威夫。三役そろい踏みといっていい。企画は20年前に、ニューヨークで持ちあがったが挫折している。多分井上のやる気が高まっていなかったのであろう。それが3年前に、「ムサシ」を書き上げないと死んでも死に切れないという心境になった。「堀さんとのきっかけで始まった企画だから、必ず書き上げる。でも、必要でなかったら捨ててくれ」という堀への電話でスタートした。
 4月1日、彩の国さいたま芸術劇場にいそいそと出かけた。S席10,500円はこまつ座ファン倶楽部で先行予約したのだが、何とネット市場で24,000円の値がついている。開演1時間前だが、与野本町駅からそれらしい人たちが急ぐ。取り敢えずプログラムを求めて、コーヒーを飲むことにする。夫婦で来ている旦那の方が、プログラム1,800円というのは、やはりホリプロの金儲け主義のせいだな、と憤慨しているのを聞く。早速収支を考える。東京・大阪で計100公演として、ざっと入場料収入20億円。これだけの役者陣を3ヵ月拘束し、舞台製作、宣伝費などをいれると、うまくいってトントン。素人ソロバンを弾いてみたが、複製ができない演劇ビジネスの限界でもある。
 さて立ち稽古が始まってから、陣中見舞いと称して、蜷川はじめ主だった役者が鎌倉にある井上邸を訪ねている。もちろん遅筆堂の異名をとる井上のこと、まだ台本は完成していない。執筆中は人に会わないというが、さりとてこのメンバー、むげに帰すわけに行かず、ようやくの思いで出てきた井上に一同驚いた。ヒゲは茫々、やつれ果てている。この台本に精魂のすべてを傾け、どれほどの困難に立ち向かっているのか、一同言葉もなかった。そんな中でも、井上はすかさず俳優達を鋭く観察し、この俳優にはこのセリフをと、いわば当て書きをする。それが俳優達にピタリと来て、演技の乗りが全く違ってくる効果をもたらす。日々届く台本に、不安を覚えながらも楽しみだったという白石加代子は、役者冥利に尽きるともいうが、破綻すれすれの逸脱空想で、舞台は動く。
 小次郎が、まいの実子であり、さるやんごとなきお方の隠し子で、皇位継承順位18位に全員が驚く。ムサシが小次郎を討てば、いわば朝敵となってしまう。乙女の父がこれまた遺恨で殺されたのがわかり、決闘を止めようと画策する側が、敵討ちといきり立つ。敵討ちの場所と時間が、ムサシ・小次郎の果たし状と同じになるという設定。何か変だと感じたムサシが、小次郎にこれはわれわれの決闘をやるしかないと決断する。結末はどうか。この遺恨繰り返しの決闘を何としも阻止しようとしたのは、不遇な死を迎えるしかなかった亡霊たちの仕業であったという意外なことに。
 思わず3月26日、がんで亡くなった高成玲子富山国際大学教授(62)が告知を受けた時に友人に送ったメールを思い出した。「あと六ヶ月経ったら私はこの世にいないのに、道にはどうしてこんなに風が爽やかに吹いているの」「どうして街にはこんなに明るい音楽が流れているの」「大和で食べたチョコレートパフェがどうしてこんなに美味しいの」。
 報復の連鎖を断ち切るために、苦しさの余り自死を選ぼうとしている人も、もっと死者の声を聞かねばならない。ということだ。

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