No.447
2009-07-20
湯布院と博多祇園山笠
495 「さすらいの舞姫」
494 船の旅・考
493 「キャタピラー」
492 急がば回れ!
491 三浦哲郎の歳月
490 未完絶筆 良寛
489 女優というもの
488 「クロッシング」
487 ペシャワール会 中村哲
486 独楽吟
485 6月15日に考える
484 究極の分かち合い
483 思い出袋
482 浦河べてるの家2
481 経営者人材
480 「茜色の空」
479 「嗚呼 満蒙開拓団」
478 追悼・井上ひさし
477 ホスピス・ものがたりの郷
476 拉致家族会
475 ものがたり診療所
474 実朝忌
473 地域金融
472 日韓併合100年
471 「逝かない身体」
470 春近し
469 みすず書房
468 イサム壮行会
467 労働市場の改革を!
466 天上大風
465 ベーシックインカム
464 捨てる心地よさ
463 「カティンの森」
462 回想の魔術
461 ノンエリートの社会空間
460 「普天間」を乗り切る
459 光州の記憶
458 死者よ来たりて
457 ビジネス・インサイト
456 率直な疑問
455 自己愛に沈む若者
454 続・演劇の力
453 演劇の力
452 「こどものその」
451 農業政策の分岐点
450 抱きしめたい8月
449 “こころ”という代物
448 不良少“女の一生”
447 湯布院と博多祇園山笠
446 男おひとりさまの老後
445 ふるさときゃらばん公演
444 名古屋市に注目!
443 トップ人事と秘話
442 バロン・サツマ
441 「グラン・トリノ」
440 「パンデミック」
439 後輩X君へ
438 すべてが廃虚に
437 「法然と親鸞」
436 「ムサシ」
435 ヒトを選ぶ
434 闇社会・京都の影
433 笑うしかないか
432 ラジオと映画
431 通訳から作家へ
430 「生き急ぐ」内村剛介
429 携帯を忘れた旅
428 1枚の賀状から
427 “がん”からの生還
426 2人の恩人との別れ
425 育英基金構想
424 レッドクリフ
423 アパの真相
422 無冠の車椅子
421 画家 木下晋
420 科学者たちの楽園
419 救急精神病棟
418 紅とんぼ
417 極道記者
416 機先を制する
415 新・脱亜論
414 浜口陽三・南桂子
413 朝の靴音
412 “友川カズキ”を贈る
411 コンベンションビジネス
410 キューバ
409 信長
408 横付けサービス
407 脱・脱ダムと新幹線
406 ポスト消費社会
405 黒山もこもこ
404 ふり返る勇気
403 吹田事件
402 伏木・没落旧家
401 「じゃあな」




 7月15日午前4時59分。白々としてきて、夜明けに手が届きそうな頃合いを見計らって、博多・櫛田神社のやぐら大太鼓が力いっぱいに打たれた。山留めに満を持していた一番山笠“東流(ひがしながれ)”が「やあー」と気合いもろともに飛び出して来る。急角度に旋回した1トンの山笠が、境内に踊り込む。清道旗を巡って一旦山を止め、一番山のみに許される「祝いめでた」を誇らしく、歌いあげた。感極まった舁き手(かきて)の男達が涙をにじませ、このまま死んでもいいとさえ思う瞬間である。その間きっちり1分、また態勢を整えるや境内を飛び出していく。先走りを務める小学生がほほえましく、女の子も締め込み姿で参加している。後押しも加えて、山笠の前後を数百人の舁き手が、怒涛の如くに5キロに及ぶ追い山コースを走り抜ける。コースのところどころに水を満たしたポリバケツが置かれ、水掛けがおこなわれる。水道蛇口のホースから直接水を浴びせる家々もある。水法被と呼ばれる羅(うすもの)はびしょ濡れになるがものともせずに、舁き手を取っ替え、引っ換え、ひたすら山笠は駆けに駆け抜ける。
 追い山のすべてを見たわけではないが、聞きしにまさる圧巻といっていい。午前3時に起きて、櫛田神社前の人を掻き分けて辿り着き、立って待つこと1時間。博多っ子にいわせると徹夜で待つくらいでなければ、となる。それでもこの清々しい満たされた気分はどうだ。先走りでいいから、締め込み姿で一度は駆けてみたいと思う。ついつい“うつ”に悩むあいつにもぜひ、見せてやりたい、できれば一緒に駆け抜けたい、そんな思いも。ご存じ博多祇園山笠であるが、ようやく目にすることができた。
 小松空港から飛んだのが12日で、そのまま湯布院に行き、2泊の骨休みをしている。日田へは亡き筑紫哲也さんの縁で2回ばかり足を運んでいるが、山一つ越えた湯布院も見ておかねばなるまいとかねがね思っていた。
 昭和46年、若者3人がヨーロッパに旅立った。湯布院の目指すべき将来像を見つけ出したい、という強い志を持っての旅立ちだが、ひとりあたり70万円の旅費にも苦労している。50日間の旅で、300以上の町や村を訪れた。そして理想とする小さな温泉地に巡り合った。南ドイツのバーデンヴァイラーで、人口4000人足らず、そこの小さなホテルのオーナーは3人に熱く語ってくれた。「町にとって大切なものは、緑と、空間と、静けさだ。その大切なものを創り、育て、守るために君達はどれだけ努力をしているのか」。第2の別府にしてはならない、というモデルをそこに見出した。若者のひとりは「亀の井別荘」の中谷であり、「玉の湯」の溝口である。これに「山荘 無量塔(むらた)」を加えて御三家と呼ばれている。こんなエピソードに彩られて、ブレークスルーしたのが20年前だろう。今では年間400万人が訪れ、100万人が宿泊している。
 とはいうものの、御三家に宿泊するゆとりは持ち合わせていないので、ネットで「御宿さくら亭」を見つけ出した。離れ露天付きで1泊17,850円。この料金で、申し分ない湯布院を堪能できた。特に2泊ゆえに同じものを食べさせられるのでは、と危惧したが、63歳の顔を見せない料理人は見事に杞憂にしてくれた。散歩で出かけた金鱗湖畔の「泉そば」は絶品であったことも付け加えておきたい。しかし、湯布院といえども、この不況で苦しんでいるのは間違いない。御三家のひとつは経営危機に直面しているという。
 博多に引き返す高速バスに、大きなチェロを抱えたアベックと乗り合わせた。最後部席に陣取り、ひと眠りと思っていたのだが、気になって見ると、時折キスを交わしながら、男は女性の髪を静かに撫で下ろしている。若い音楽家の恋というのは、静かで、品のいいものだなと思え、感じの悪いものではなかった。
 さて、この九州の旅は「イムニタスマスク」2000個販売を記念して、この商品を最も評価してくれた古賀市の「イトウデンタルクリニック」への表敬訪問が目的である。したがって同伴したのは、老境にはいった開発責任者であり、野次馬根性で付いてきた同級生夫婦で、艶っぽさの微塵も無い旅であった。誤解のないように。
参照・「由布院の小さな奇跡」(新潮新書)

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