No.464
2009-12-27
捨てる心地よさ
495 「さすらいの舞姫」
494 船の旅・考
493 「キャタピラー」
492 急がば回れ!
491 三浦哲郎の歳月
490 未完絶筆 良寛
489 女優というもの
488 「クロッシング」
487 ペシャワール会 中村哲
486 独楽吟
485 6月15日に考える
484 究極の分かち合い
483 思い出袋
482 浦河べてるの家2
481 経営者人材
480 「茜色の空」
479 「嗚呼 満蒙開拓団」
478 追悼・井上ひさし
477 ホスピス・ものがたりの郷
476 拉致家族会
475 ものがたり診療所
474 実朝忌
473 地域金融
472 日韓併合100年
471 「逝かない身体」
470 春近し
469 みすず書房
468 イサム壮行会
467 労働市場の改革を!
466 天上大風
465 ベーシックインカム
464 捨てる心地よさ
463 「カティンの森」
462 回想の魔術
461 ノンエリートの社会空間
460 「普天間」を乗り切る
459 光州の記憶
458 死者よ来たりて
457 ビジネス・インサイト
456 率直な疑問
455 自己愛に沈む若者
454 続・演劇の力
453 演劇の力
452 「こどものその」
451 農業政策の分岐点
450 抱きしめたい8月
449 “こころ”という代物
448 不良少“女の一生”
447 湯布院と博多祇園山笠
446 男おひとりさまの老後
445 ふるさときゃらばん公演
444 名古屋市に注目!
443 トップ人事と秘話
442 バロン・サツマ
441 「グラン・トリノ」
440 「パンデミック」
439 後輩X君へ
438 すべてが廃虚に
437 「法然と親鸞」
436 「ムサシ」
435 ヒトを選ぶ
434 闇社会・京都の影
433 笑うしかないか
432 ラジオと映画
431 通訳から作家へ
430 「生き急ぐ」内村剛介
429 携帯を忘れた旅
428 1枚の賀状から
427 “がん”からの生還
426 2人の恩人との別れ
425 育英基金構想
424 レッドクリフ
423 アパの真相
422 無冠の車椅子
421 画家 木下晋
420 科学者たちの楽園
419 救急精神病棟
418 紅とんぼ
417 極道記者
416 機先を制する
415 新・脱亜論
414 浜口陽三・南桂子
413 朝の靴音
412 “友川カズキ”を贈る
411 コンベンションビジネス
410 キューバ
409 信長
408 横付けサービス
407 脱・脱ダムと新幹線
406 ポスト消費社会
405 黒山もこもこ
404 ふり返る勇気
403 吹田事件
402 伏木・没落旧家
401 「じゃあな」




 埃をかぶり、肩が白く見えた礼服3着を遂に捨て去った。もちろん新調するつもりはない。儀礼的な冠婚葬祭には出席しないとの意思確認でもある。義理を欠くことにもなろうが仕方がない。万に一つも考えられないことだが、モーニングを義務付けられる賞の連絡を受けても、礼服がないと辞退するつもりである。省事といって、「菜根譚」では「不如省事(事を省くにしかず)」といい、最良の健康法としている。ものぐさ、不精を自称して、生きていくのも悪くはない。
 こんな仕儀になったのは、家の中にあふれ返るものを「仕分け」したからに他ならない。ダスキンのお姉ちゃんの強烈なアドバイス(営業?)にのったのである。他人の家だからできるのです、といいながら、「これも必要ありませんね」と蓮舫よろしく、片っ端から捨てていくではないか。「それはちょっと」といえない雰囲気で、それをいえば「何を未練がましい」と切り返されるのではと、金縛りにあった気分であった。
女房を亡くしてからだから12年余り、水周りを中心に掃除を頼んでいるが、ついに見かねたのであろう。居間も、炊事場も、ダイニングもほとんど変わることがなかった。食器棚にいたっては、ほとんど触れないものばかり。子供部屋も物置と化していた。その結果であるが、庭に用意してあった巨大な混載可能な容器に収まらず、不燃物収集車と可燃物収集車に、それぞれに出動願うことになった。食器棚も、収納庫もきれいさっぱりと相成った。家族5人がワイワイガヤガヤ過ごした夢の跡で、寂しさを通り越した清々しさを覚えるから、不思議である。隣家のおばさんが「いよいよ再婚されるんですか」と声をかけてきたのには驚いたが、「いつ逝ってもいいようにとの死に支度です」と答えておいた。
 捨て切れなかったのは写真である。整理し切れていない写真が、湧き出すように出てくる。いったん目にすると、やっかいである。もしかして、子供たちの誰かが、おお、こんな事もあったな、と思い起こしてくれるかもしれない。そう思って、写真の整理という宿題が残されたという次第である。
 さて、今年も余すところ数日である。医療法人の定款を変更したので、その認可申請作業に忙殺されたこともあるが、妙に“人付き合い”が少なくなっている。体力、知力の衰退は、人恋しさの衰退でもあるのだ。年末には、なじみの呑み屋に顔を出し、少ない付けを精算して、身ぎれいにしていたのだが、今年はその支払う付けもないのだ。一期一会で飲もう、明日はないかもしれない、と思うようになっている。加えて、寒さに弱くなった。冷たい寝床にもぐり込んでも、温かくなるまでにとても時間がかかる。というわけで、気軽な連中との忘年会は、悪いけどわが家にしてくれないか、と頼み込んだ。近所の魚屋でつまみを頼むと、これ幸いに、最近はこの不況で料亭の注文がめっきり減ったとあって、高級魚を格安でさばいてくれる。老人の巣篭もりに、拍車が掛かるわけである。
 それでも、暮れにかけて上京した。フランス帰りの同級生が、1月30日に再びフランスへ帰ることに決めたからである。アルプスが見えるフランス東部過疎地のオリーブ園で、有機栽培にいそしむ。1年に満たない滞在であったが、日本は住みにくいという。フランスでの契約も1年というから、これまでと同じように放浪を覚悟しているようにも見える。20余歳でニューヨークから始まった海外生活。果たして、その魅力の虜になったのか、抜け出せなくなったのか、聞き出せなかったが、きっぱりした物言いに覚悟を感じることができた。
 人生のバランスシート。貸方借方いずれも均等になるというが、どんな精算が待っているのだろうか。どんなことでも甘んじて受け入れていくしかないと思っている。人生の“あたわり”を受け入れていくことでもある。恒例の餅つきも、きょう27日無事終えることができた。それだけで、今年は十分であったといえないこともない。

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