No.465
2010-01-09
ベーシックインカム
494 船の旅・考
493 「キャタピラー」
492 急がば回れ!
491 三浦哲郎の歳月
490 未完絶筆 良寛
489 女優というもの
488 「クロッシング」
487 ペシャワール会 中村哲
486 独楽吟
485 6月15日に考える
484 究極の分かち合い
483 思い出袋
482 浦河べてるの家2
481 経営者人材
480 「茜色の空」
479 「嗚呼 満蒙開拓団」
478 追悼・井上ひさし
477 ホスピス・ものがたりの郷
476 拉致家族会
475 ものがたり診療所
474 実朝忌
473 地域金融
472 日韓併合100年
471 「逝かない身体」
470 春近し
469 みすず書房
468 イサム壮行会
467 労働市場の改革を!
466 天上大風
465 ベーシックインカム
464 捨てる心地よさ
463 「カティンの森」
462 回想の魔術
461 ノンエリートの社会空間
460 「普天間」を乗り切る
459 光州の記憶
458 死者よ来たりて
457 ビジネス・インサイト
456 率直な疑問
455 自己愛に沈む若者
454 続・演劇の力
453 演劇の力
452 「こどものその」
451 農業政策の分岐点
450 抱きしめたい8月
449 “こころ”という代物
448 不良少“女の一生”
447 湯布院と博多祇園山笠
446 男おひとりさまの老後
445 ふるさときゃらばん公演
444 名古屋市に注目!
443 トップ人事と秘話
442 バロン・サツマ
441 「グラン・トリノ」
440 「パンデミック」
439 後輩X君へ
438 すべてが廃虚に
437 「法然と親鸞」
436 「ムサシ」
435 ヒトを選ぶ
434 闇社会・京都の影
433 笑うしかないか
432 ラジオと映画
431 通訳から作家へ
430 「生き急ぐ」内村剛介
429 携帯を忘れた旅
428 1枚の賀状から
427 “がん”からの生還
426 2人の恩人との別れ
425 育英基金構想
424 レッドクリフ
423 アパの真相
422 無冠の車椅子
421 画家 木下晋
420 科学者たちの楽園
419 救急精神病棟
418 紅とんぼ
417 極道記者
416 機先を制する
415 新・脱亜論
414 浜口陽三・南桂子
413 朝の靴音
412 “友川カズキ”を贈る
411 コンベンションビジネス
410 キューバ
409 信長
408 横付けサービス
407 脱・脱ダムと新幹線
406 ポスト消費社会
405 黒山もこもこ
404 ふり返る勇気
403 吹田事件
402 伏木・没落旧家
401 「じゃあな」




 「それは社会主義国家ということですね」。70歳を過ぎている人から、そんな風にいわれて驚いた。消費税を付加価値税にして税率20%超、それを財源にしてベーシックインカム制度を導入する。老若男女、貧富を問わず、生まれたての赤ん坊までひとり残らず月6万円程度を支給する。このくらいの大胆な政策転換を図らないと、追い詰められている貧困者の回復は望めないのでないか、という主張への反論であった。働かない若者が増えますよ、勤労を尊ぶといった気風が消えます。3Kと呼ばれる職場には誰も行きません。教育で人は変わるというが、人間の本質は変わるわけがありません、と続く。保守岩盤の堅牢さだ。この老人のように、家族のため、企業のため身を粉にして、不平もいわず、黙々と働いてきた人には特にこの傾向が強い。自らの体験が裏打ちともなっている。加えて、ソ連崩壊も社会主義のイメージを極端に悪くしている。
 失われた10年から更に10年。刻苦精励しても得られるものは何もないということを、若者達は日々仕事の現場で実感し続けている。厚生省が初めて公表した貧困率15.7%は、OECD30ヵ国中26番目、平均10.6%を大きく下回る。確実に“下り坂”を転ばないように歩いているのだ。消費による内需拡大をどんなに目論んでみても、無駄のようだ。はてさて、どうなる、どうするのだ、と悩みは尽きないが、どんな状況になろうとも、人間を壊してはならないということだ。
 ベーシックインカムという劇薬に近い制度を挙げたのも、我らが悩める課題の問題点を明らかにしてくれるからだ。例えば、年金・雇用保険・生活保護など幾重にも張り巡らされているものを整理、単純化でき、行政コストも格段に安く付く利点は大きい。また、最低限の生活保障があるから、企業も雇用調整を簡単におこなえるようになり、労働者も自由に職業を選べるようになる。
 グローバルな競争社会から避けて通れないというのは、もう自明のことである。新興国の成長を、成熟した日本社会がどう取り込んでいくか。経済だけでなく、安全保障を含む外交、政治、社会、文化などなどで、複雑な方程式となるが、人間が、というより個々人が生まれてきてよかったという解答に行き着かなければ意味がない。
 そこで紹介したい。この欄413「朝の靴音」で紹介した映画監督・森達也がノルウェーに飛んでいる。彼の問題意識には、いつも「北風か、太陽か」がある。9.11以降アメリカを始めとして、すべて厳罰化の方向に進んでいる。刑務所への過剰収容は定員をはるかに超えて、受刑者の更正や矯正などにはとても手が回らない。当然再犯、再々犯が増えてくる。脅える市民は、更なる厳罰を求めるようになり、際限のない負のスパイラルに陥ろうとしている。その彼が、北風ではなく、太陽を選択したノルウェーの刑務所を訪問したのである。
 オスロの街には監視カメラがどこにも設置されていない。特別警戒実施中という看板はどこにも見当たらず、警察官もほとんど見かけない。犯罪学者を取材するために訪れたオスロ大学では女子トイレを利用する羽目におちいるが、そこで運悪く出会わせた女性教員はちょっと驚いた表情を見せたが、すぐに自然な笑顔を見せてくれたという。さて刑務所だが、まるでサロンのようだ。服装も髪型も自由なので囚人と職員の区別がつかない。何と鉄板焼きを食べる囚人にナイフの使用も自由で、公衆電話も設置され、恋人や家族に連絡を取っている。何よりも撮影が自由なのだ。
 人間は恐怖する動物である。恐怖を、方程式の変数に大きく入り込ませるのは、21世紀の文明社会においてどうなのか。まして、貧困への恐怖が働く動機だという競争社会の薄っぺらさで、このグローバルな競争を乗り切っていけるのか。老人党は考え続けたい。
 「今年はと思うことなきにしもあらず」(子規)。医療法人の開業に向けて、認可のための書類作成に忙殺された年末年始であった。そして亡妻の命日も、忘れてしまっていたのである。
 参照/紀伊國屋書店「スクリプタ」14号

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