No.468
2010-01-31
イサム壮行会
495 「さすらいの舞姫」
494 船の旅・考
493 「キャタピラー」
492 急がば回れ!
491 三浦哲郎の歳月
490 未完絶筆 良寛
489 女優というもの
488 「クロッシング」
487 ペシャワール会 中村哲
486 独楽吟
485 6月15日に考える
484 究極の分かち合い
483 思い出袋
482 浦河べてるの家2
481 経営者人材
480 「茜色の空」
479 「嗚呼 満蒙開拓団」
478 追悼・井上ひさし
477 ホスピス・ものがたりの郷
476 拉致家族会
475 ものがたり診療所
474 実朝忌
473 地域金融
472 日韓併合100年
471 「逝かない身体」
470 春近し
469 みすず書房
468 イサム壮行会
467 労働市場の改革を!
466 天上大風
465 ベーシックインカム
464 捨てる心地よさ
463 「カティンの森」
462 回想の魔術
461 ノンエリートの社会空間
460 「普天間」を乗り切る
459 光州の記憶
458 死者よ来たりて
457 ビジネス・インサイト
456 率直な疑問
455 自己愛に沈む若者
454 続・演劇の力
453 演劇の力
452 「こどものその」
451 農業政策の分岐点
450 抱きしめたい8月
449 “こころ”という代物
448 不良少“女の一生”
447 湯布院と博多祇園山笠
446 男おひとりさまの老後
445 ふるさときゃらばん公演
444 名古屋市に注目!
443 トップ人事と秘話
442 バロン・サツマ
441 「グラン・トリノ」
440 「パンデミック」
439 後輩X君へ
438 すべてが廃虚に
437 「法然と親鸞」
436 「ムサシ」
435 ヒトを選ぶ
434 闇社会・京都の影
433 笑うしかないか
432 ラジオと映画
431 通訳から作家へ
430 「生き急ぐ」内村剛介
429 携帯を忘れた旅
428 1枚の賀状から
427 “がん”からの生還
426 2人の恩人との別れ
425 育英基金構想
424 レッドクリフ
423 アパの真相
422 無冠の車椅子
421 画家 木下晋
420 科学者たちの楽園
419 救急精神病棟
418 紅とんぼ
417 極道記者
416 機先を制する
415 新・脱亜論
414 浜口陽三・南桂子
413 朝の靴音
412 “友川カズキ”を贈る
411 コンベンションビジネス
410 キューバ
409 信長
408 横付けサービス
407 脱・脱ダムと新幹線
406 ポスト消費社会
405 黒山もこもこ
404 ふり返る勇気
403 吹田事件
402 伏木・没落旧家
401 「じゃあな」




 呑み会をどうセットするか。手帳に記された店を眺めながら、いつもかなり迷う。今回は前々回で紹介した仏・独を放浪してきた高校同期の友人である。住みにくい日本を見限って渡仏する前に、日帰りで富山に来るという。夜汽車に乗る前に呑もうということになった。場所は富山駅前とするが、やはり和食だろう。しかし、時間は4〜5時間もある、果たして呑み続けられるだろうか。進学校にして、彼ほど無謀な人生を送ったものはいない、ひとりで聞くにはもったいない気もする。とすれば、一定の人数が入れて、じっくりと話ができる完全な個室だ。そういえば、個室でしかも円卓のある割烹を思い出し、グッドアイデアと自賛、早速部屋指定で予約をする。問題は料金だ。その円卓は8人まで座れるという。64歳の良識は、無謀な要求はしない。それでは必ず8人入れるから、ひとり6000円で頼みたい。年齢からして、それほど呑み食いはしない、時間だけは3時間以上ほしい。こうしてリーズナブル?な交渉は成立した。ウィンウィンだと信じている。
 次なるは、8人の同期生集めである。ここは何としても女性がほしい。この年齢でも、場が華やぐことは間違いない。難問だが意を決する。「フランスの話を聞きたくないか。計算づくの、つまらない男ではないぞ」を殺し文句に、たまたま数ヶ月前に呑み屋で居合わせたばかりの同期の女性に電話をした。ふたつ返事で了解となり、あとふたりも用意するという。女性にしては珍しい心意気だ。男5人も何とかなり、ほとんどが高校時代以来となる同期による呑み会が成立した。グーグルマップで“フランス”をコピーして配布、「イサム壮行会」と銘打った。
 昭和39年4月、イサムは演劇に興味があって、日大芸術学部に入学する。すぐに小さな演劇集団に参加するが、そこから転落が始まった。デカダンスを気取らなければならない。酒と女を媒介とした空疎な演劇論で、普通な生活ができるわけがない。また仕送りだけで足りるわけがなく、外資系の商社で長期のアルバイトをした。このことが放浪のきっかけである。横浜から船で、なけなしの金をもって、フランスに渡った。飛行機だと70万円だが、船だと20万円だった。パリでは、語学ができないので日本人だけでたむろすることになるが、それでも楽しくて仕方がなかった。ほぼ1年して金が底をつき、稼ぐのならニューヨークとなり、渡米する。電話帳で皿洗いの仕事を見つけて、同じような生活を続けた。その後ドイツに移る。そこで日本人留学生と恋に落ちる。帰国して何とか生活基盤をつくりあげたいと思ったが、思うにまかせなかった。そんな失意を胸に再びフランスに渡る。そこでフランス語を本格的に学んで、翻訳なんかもできるようになった。バブルの時は、ガイドでの収入もあり,生活に事欠かなかった。今回の渡仏では、南仏の田舎に共同出資した農園で、オリーブの栽培を再開する。イサムの青春はいまだに続いている。
 そんな話を聞き出したのだが、それも途切れ途切れであった。危惧?はしていたが、おんな3人の独壇場である。卒業アルバムも持参して、人物月旦は上下し、話は四方八方に飛ぶ。呑みっぷりもなかなかで、清純な女子高校生に押し込められていたものが、この時とばかりに噴出したみたいである。2次会では、ダンスを踊りながら「ねえ、フランス語で囁いてよ」となり、吹きだしてしまった。
 イサムのプライバシーを暴くようになってしまったが、この年齢になると、一期一会がよく理解できる。こんな男をやはり記憶に留めておいてほしい。五木寛之に「デラシネの旗」がある。デラシネはフランス語で根無し草。襤褸っ切れのような旗だが、南フランスで、必死で振られていることを肝に銘じておきたい。

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