No.484
2010-06-07
究極の分かち合い
494 船の旅・考
493 「キャタピラー」
492 急がば回れ!
491 三浦哲郎の歳月
490 未完絶筆 良寛
489 女優というもの
488 「クロッシング」
487 ペシャワール会 中村哲
486 独楽吟
485 6月15日に考える
484 究極の分かち合い
483 思い出袋
482 浦河べてるの家2
481 経営者人材
480 「茜色の空」
479 「嗚呼 満蒙開拓団」
478 追悼・井上ひさし
477 ホスピス・ものがたりの郷
476 拉致家族会
475 ものがたり診療所
474 実朝忌
473 地域金融
472 日韓併合100年
471 「逝かない身体」
470 春近し
469 みすず書房
468 イサム壮行会
467 労働市場の改革を!
466 天上大風
465 ベーシックインカム
464 捨てる心地よさ
463 「カティンの森」
462 回想の魔術
461 ノンエリートの社会空間
460 「普天間」を乗り切る
459 光州の記憶
458 死者よ来たりて
457 ビジネス・インサイト
456 率直な疑問
455 自己愛に沈む若者
454 続・演劇の力
453 演劇の力
452 「こどものその」
451 農業政策の分岐点
450 抱きしめたい8月
449 “こころ”という代物
448 不良少“女の一生”
447 湯布院と博多祇園山笠
446 男おひとりさまの老後
445 ふるさときゃらばん公演
444 名古屋市に注目!
443 トップ人事と秘話
442 バロン・サツマ
441 「グラン・トリノ」
440 「パンデミック」
439 後輩X君へ
438 すべてが廃虚に
437 「法然と親鸞」
436 「ムサシ」
435 ヒトを選ぶ
434 闇社会・京都の影
433 笑うしかないか
432 ラジオと映画
431 通訳から作家へ
430 「生き急ぐ」内村剛介
429 携帯を忘れた旅
428 1枚の賀状から
427 “がん”からの生還
426 2人の恩人との別れ
425 育英基金構想
424 レッドクリフ
423 アパの真相
422 無冠の車椅子
421 画家 木下晋
420 科学者たちの楽園
419 救急精神病棟
418 紅とんぼ
417 極道記者
416 機先を制する
415 新・脱亜論
414 浜口陽三・南桂子
413 朝の靴音
412 “友川カズキ”を贈る
411 コンベンションビジネス
410 キューバ
409 信長
408 横付けサービス
407 脱・脱ダムと新幹線
406 ポスト消費社会
405 黒山もこもこ
404 ふり返る勇気
403 吹田事件
402 伏木・没落旧家
401 「じゃあな」




 菅首相誕生で思い出したことがある。伸子夫人から、友人を介して、富山で民主党のPRをしたいので、どんな小さな集会でもいいから開いてくれないか、との依頼を受けた。メールをたどってみると、04年3月のことであった。年金未納事件で窮地に追い込まれていた時期だ。夫人と津田塾同期のわが友人からは、彼女は家業(菅の政治活動を家業と称している)を手伝っている感覚で、草の根運動が大事とばかり、あらゆるツテを使って全国を飛び回っているのだという連絡だった。
 返信のメールである。人を集めていただくのは申し訳ない。自分でひとり一人を訪ねて民主党のPRをするつもりです。人を紹介していただければ、それで結構でございます。門前払いを食っても、一軒一軒紹介された人を訪ねて歩くのが、一番地道で効果的であると思っています、というもの。これは内助の功というより、同志なのだと理解した。残念なことに、彼女はその後すぐに、くも膜下出血で入院したこともあり、立ち消えとなった。
 首相・菅直人63歳、官房長官・仙石由人64歳。財政でのブレーンといわれる神野直彦東京大学名誉教授64歳。同年齢世代が国政を動かすこととなった。石原都知事評では、極左政権ということになる。それはさておき、わが世代いま一度奮い立ってもいいのだ、というメッセージと理解したい。それは町内会長でも、シルバー人材センターでも、それぞれの立つ位置をそれぞれで決めればいいだけである。貴賎軽重などあろうはずがない。彼らの内閣は、普天間問題に、財政再建に否応なく立ち向かわなければならない。そうであれば、町内会改革、老老介護などなど彼らに比すべく重要課題に事欠くはずがない。そんな心意気で望みたいものである。
 取り敢えずは70歳までの5年が与えられた任期と心得たい。さすれば、選挙投票だけで世の中が変わるほど、単純に世の中ができていないこともよく理解できるはずである。60年余り生きて、人生も社会も家族も、これほど複雑で、困難で、厄介なものはない。そんな認識は骨身にしみているはずだ。強いリーダーシップのもとに、痛快に一刀両断で、正義は勝つなどまず起らない。また起ったとしても、日をおいてみると、似て非なるものに変質している。そんな煮え湯を飲んできた世代の経験や知恵がどう生きるのか、最後の挑戦をしてもいいのではないかということだ。
 もうひとつ。この世代から「男の寿命は75歳」と決めてはどうか、の提案である。後期高齢者医療制度なるものが作られたが、こちらから願い下げであると宣言する。そのうえで、75歳を過ぎたら次なる世代からの医療介護支援を拒否する後期高齢者期成同盟なるものを創設したい。もちろん強制ではなく、自発的な参加だ。既成同盟会員の年金が自発的に提供され、その範囲内での自主運営となる。悩まされてきたカネからも解放され、みんな貧しくとも等しい、後期高齢男子・原始共同社会が出現する。後期高齢者専門賃貸住宅を認定するが、各地域にある統合で余った学校、古びた公営住宅を簡単に修繕し、これに充てる。終の棲み処である。そして、ここに同居する75歳以上の男性医師、男性看護師が最低限度の総合診療を担うこととする。もちろん延命治療など論外で、救急車もここには立ち入ることはできない。死を待つ家ともいえるが、陰気臭さなど微塵もない。なぜなら、65歳での一念発起が彼らにいいようのないやすらぎ、充足を与えているからである。家族からは、おじいさん、近所の手前もあるから、期成同盟に入会してよ。さもないと、あなたとこのおじいちゃん意気地なしね、と非国民扱いされるのよ、と迫られることはいうまでもない。これぞ究極の「分かち合い経済」だと思うがどうだろう、神野教授。
 新内閣発足に思いを巡らせているとこんな結論になってしまった。ところで、菅の頭の中に、普天間はどのように描かれているのであろうか。
 参照・「分かち合い」の経済学。神野直彦著。岩波新書。

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