No.486
2010-06-22
独楽吟
494 船の旅・考
493 「キャタピラー」
492 急がば回れ!
491 三浦哲郎の歳月
490 未完絶筆 良寛
489 女優というもの
488 「クロッシング」
487 ペシャワール会 中村哲
486 独楽吟
485 6月15日に考える
484 究極の分かち合い
483 思い出袋
482 浦河べてるの家2
481 経営者人材
480 「茜色の空」
479 「嗚呼 満蒙開拓団」
478 追悼・井上ひさし
477 ホスピス・ものがたりの郷
476 拉致家族会
475 ものがたり診療所
474 実朝忌
473 地域金融
472 日韓併合100年
471 「逝かない身体」
470 春近し
469 みすず書房
468 イサム壮行会
467 労働市場の改革を!
466 天上大風
465 ベーシックインカム
464 捨てる心地よさ
463 「カティンの森」
462 回想の魔術
461 ノンエリートの社会空間
460 「普天間」を乗り切る
459 光州の記憶
458 死者よ来たりて
457 ビジネス・インサイト
456 率直な疑問
455 自己愛に沈む若者
454 続・演劇の力
453 演劇の力
452 「こどものその」
451 農業政策の分岐点
450 抱きしめたい8月
449 “こころ”という代物
448 不良少“女の一生”
447 湯布院と博多祇園山笠
446 男おひとりさまの老後
445 ふるさときゃらばん公演
444 名古屋市に注目!
443 トップ人事と秘話
442 バロン・サツマ
441 「グラン・トリノ」
440 「パンデミック」
439 後輩X君へ
438 すべてが廃虚に
437 「法然と親鸞」
436 「ムサシ」
435 ヒトを選ぶ
434 闇社会・京都の影
433 笑うしかないか
432 ラジオと映画
431 通訳から作家へ
430 「生き急ぐ」内村剛介
429 携帯を忘れた旅
428 1枚の賀状から
427 “がん”からの生還
426 2人の恩人との別れ
425 育英基金構想
424 レッドクリフ
423 アパの真相
422 無冠の車椅子
421 画家 木下晋
420 科学者たちの楽園
419 救急精神病棟
418 紅とんぼ
417 極道記者
416 機先を制する
415 新・脱亜論
414 浜口陽三・南桂子
413 朝の靴音
412 “友川カズキ”を贈る
411 コンベンションビジネス
410 キューバ
409 信長
408 横付けサービス
407 脱・脱ダムと新幹線
406 ポスト消費社会
405 黒山もこもこ
404 ふり返る勇気
403 吹田事件
402 伏木・没落旧家
401 「じゃあな」




 たのしみは朝餉の味噌汁のうまき時。目覚めがすっきりとして、冷たい水で顔を洗い、湯を沸かしながら、じゃがいもと菜っ葉にひじきをぶち込んで、料亭の味なる味噌をいれて、溶かし込んで出来上がりだ。老人独居ではこれが精一杯というところだが、朝の至福である。
 たのしみは煩わしい人間関係から解放され、プールに飛び込んだ時。蹴伸びをして手足を真っ直ぐ伸ばし、50メートル先まで見透した瞬間に、憂きことがすべて消えていく。海で育った男だということも蘇ってくる。マスターズのタイムが徐々に落ちてくるが仕方がない。人生最良にして最高の趣味を得たと思っている。
 たのしみは居酒屋で、熱燗のコップ酒をあおる時。回数はめっきり減り、3ヵ月に一度くらいか。富山駅前の居酒屋「初音」。上市町有澤酒造の銘酒「白緑」だが、これがうまい。おかあちゃんお勧めの刺身にいつもピッタリ合う。先日久しぶりにのぞいたら、天井から、これまた懐かしい蝿取紙がぶら下がっていた。若い時は5杯くらいをさっとあおって、やおら出陣となったが、この日は2杯で打ち止めにした。
 このように綴ってみたが、橘曙覧(たちばな・あけみ)の独楽吟に倣ってみたに過ぎない。正岡子規は、源実朝以来、歌人の名に値するものは橘曙覧ただ一人と絶賛し、「清貧の歌人」というのは、子規が彼を評していったもの。幕末期に越前に住み、明治初年に亡くなっている。その学識を高く評価する松平春嶽が出仕するように訪ねているが、「わたしがよく見えるのは野の粗末な庵に咲いているからですよ」と歌に寄せて辞退すれば、春嶽公は「粗末な庵に咲く花はそっとそのままにしておこう」と無理強いをしなかったという。
 初めて橘曙覧の名を身近に聞いたのは、谷内正太郎前外務事務次官からであった。退官から間もない時に、郷里富山で慰労しようというパーティが開かれ、彼はそのあいさつで、沖縄返還交渉で佐藤栄作首相の密使となった若泉敬を取り上げた。その若泉が晩年同郷であった橘曙覧に傾倒していき、精神的バランスを欠き、遂に自殺にまで追い詰められた自分を慰めたという話を交えて、独楽吟のいくつかを披露したのである。それが妙に心に残っていた。
 6月19日放映されたNHKスペシャルはその若泉を追っていたが、佐藤栄作の日記からわかることは、若泉のことなど歯牙にもかけていなかったことである。まるで捨て駒だ。ただただ歴史に名を留めたいとする佐藤の飽くなき欲望に踊らされたに過ぎない。その絶望の深さを唯一なぐさめたのが独楽吟ということになる。
 はてさて、われら凡人は、小さなたのしみを集めて生きていくしか術がないことを今更ながら銘記しなければならない。加えて、人の見分け方も身に付けておかねばならない。「この人は、すべての人を平等に扱うことができるかどうか」をリトマス試験紙とするのも、間違ってはいない。権威、権力、肩書き、男女、小さな能力の差違、そんなもので左右されていないかどうかである。
 96年、天皇皇后両陛下がアメリカを訪問した際に、クリントン大統領がその歓迎スピーチで、独楽吟を引用している。「たのしみは朝起きいでて昨日まで 無かりし花の咲けるを見るとき」。ホワイトハウスのスピーチライターがどんな経緯で独楽吟を選択したのか、興味深い。
 孤独な老境にあると、たのしみは稚児のように乳房まさぐる時、となる。そんな至福がもう一度訪れてもいいような気もするのだが・・。もうひとつの独苦吟。愚かな老人よ、乳房に隠された恐ろしき代償をもう忘れたのか!
 

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