No.487
2010-07-02
ペシャワール会 中村哲
494 船の旅・考
493 「キャタピラー」
492 急がば回れ!
491 三浦哲郎の歳月
490 未完絶筆 良寛
489 女優というもの
488 「クロッシング」
487 ペシャワール会 中村哲
486 独楽吟
485 6月15日に考える
484 究極の分かち合い
483 思い出袋
482 浦河べてるの家2
481 経営者人材
480 「茜色の空」
479 「嗚呼 満蒙開拓団」
478 追悼・井上ひさし
477 ホスピス・ものがたりの郷
476 拉致家族会
475 ものがたり診療所
474 実朝忌
473 地域金融
472 日韓併合100年
471 「逝かない身体」
470 春近し
469 みすず書房
468 イサム壮行会
467 労働市場の改革を!
466 天上大風
465 ベーシックインカム
464 捨てる心地よさ
463 「カティンの森」
462 回想の魔術
461 ノンエリートの社会空間
460 「普天間」を乗り切る
459 光州の記憶
458 死者よ来たりて
457 ビジネス・インサイト
456 率直な疑問
455 自己愛に沈む若者
454 続・演劇の力
453 演劇の力
452 「こどものその」
451 農業政策の分岐点
450 抱きしめたい8月
449 “こころ”という代物
448 不良少“女の一生”
447 湯布院と博多祇園山笠
446 男おひとりさまの老後
445 ふるさときゃらばん公演
444 名古屋市に注目!
443 トップ人事と秘話
442 バロン・サツマ
441 「グラン・トリノ」
440 「パンデミック」
439 後輩X君へ
438 すべてが廃虚に
437 「法然と親鸞」
436 「ムサシ」
435 ヒトを選ぶ
434 闇社会・京都の影
433 笑うしかないか
432 ラジオと映画
431 通訳から作家へ
430 「生き急ぐ」内村剛介
429 携帯を忘れた旅
428 1枚の賀状から
427 “がん”からの生還
426 2人の恩人との別れ
425 育英基金構想
424 レッドクリフ
423 アパの真相
422 無冠の車椅子
421 画家 木下晋
420 科学者たちの楽園
419 救急精神病棟
418 紅とんぼ
417 極道記者
416 機先を制する
415 新・脱亜論
414 浜口陽三・南桂子
413 朝の靴音
412 “友川カズキ”を贈る
411 コンベンションビジネス
410 キューバ
409 信長
408 横付けサービス
407 脱・脱ダムと新幹線
406 ポスト消費社会
405 黒山もこもこ
404 ふり返る勇気
403 吹田事件
402 伏木・没落旧家
401 「じゃあな」




 講演の開始時間は午後7時であるが、早目に来てほしい。そんな連絡がありながら、開始寸前に会場に入ると、なんと最上階3階の、ステージから最も遠いところの席となった。講師の都合で中止になるリスクも高く、入場料1,000円は払い戻さず、いつになるか分からないが、次回に有効ということになっていた。それでも完売を超えるチケットがさばかれていて、学生風の聴衆10人程度がステージに腰を降ろしている。田舎町で、しかもこんな硬派な講演に、有料にもかかわらずこれほど多くの人が駆けつけるとは驚きであり、わが故郷も捨てたものではないと意を強くした。
 6月17日、富山県小杉町の文化ホール。講師はペシャワール会の中村哲医師である。思った以上に小柄であり、声を張り上げることもない。46年生まれの好々爺が淡々と話を進めていく。彼のどこに、そんな思いが宿り、しかも26年も続けることができたのか、それは何なのか。2時間余りの講演の間中、そのことを思っていた。
 まずは、北九州遠賀川沿いの“川筋者”気質であろう。作家・火野葦平は母方の叔父(妹が中村の母)で、「糞尿譚」で芥川賞を受賞、その後「麦と兵隊」など三部作は大きな評判をよび、300万部を超えるベストセラーとなるなどの人気作家である。更に、著述業と共に「玉井組」二代目で、荷役労働者をまとめる義侠の徒でもあった。しかし、自らの著作が戦意高揚の片棒を担ったのではとの自責から、服毒自殺をしている。そんな血筋の影響も大きいのである。
 更に彼は、クリスチャンである。内村鑑三の「後世への最大遺物」に深い影響を受けてのものだが、それだけにとどまらず、小さい時に論語の素読もやらされて、幅広い人間の行動原理みたいなものを身につけていた。それがイスラム教をもまた尊重しなければならないという寛容さにつながっている。
 加えて、彼は精神科医である。高校から大学までは対人恐怖症に悩み、フランクルの「死と愛」「夜と霧」を読み、精神医学が魅力的な学問に見えて志したのだが、一方で北杜夫の「どくとるマンボウ航海記」を読んで、閑そうな職業だったからとも云っている。もちろん現場は大違いであった。
 そして、因縁の面白さだ。彼の登山好きと昆虫好きが、登山遠征隊参加に結びつき、日本キリスト教海外医療協力会という団体からライ撲滅を目的に派遣要請があり、パキスタンのペシャワール赴任となる。不思議といえば不思議だが、こうして織り重ねられた人格が彼の地で躍動していくのである。人生はやはり生きるに足る。そう思えてくる。
 そんな彼が、医師から土木技師に変身していくのも、当然の成り行きだった。病気になる前に命が失われるとしたら、その前に救うしかない。「命の水」の確保である。ヒマラヤからの雪解け水を砂漠に引いて、緑地に変えて食糧をつくる。彼の作り出した水路で、いま60万人の命を預かっていると断言する。その長さは現在24キロに及び、その費用16億円はすべてペシャワール会でまかなわれている。国連やODAからの援助はない。こうした講演費用もすべてそこに注ぎ込まれている。
 最も印象に残ったのが、08年に銃弾で失った伊藤和也さんに言及した時である。「それ以前に現地スタッフ5人を殉職させるという犠牲を払っています。もちろん伊藤君の死は人一倍悲しい。けれども違和感を感じるのは、アフガンの死者たちは日本人にとって遠い感じだということ。日本人スタッフが危ないからすぐに全員引き揚げろ、いま帰さないと日本の世論が許しませんからって。私はそうした日本中心の考え方は嫌ですね。アフガン人の尊厳はどうなるのか。命の尊さは同じではないか」
 また彼のタリバンへの感想を聞いていると、かってベトナム戦争でベトコンといい、いまアフガンでタリバンといって、不毛の掃討戦をやっている愚かさに、はたと気がついた。
 講演の最後に、富山でのコンサートを明日に控えた加藤登紀子が来場していて、舞台にあがった。「お登紀、そこで歌え!」そして募金を呼びかけるのだ、と叫んでいたのだが、叶わなかった。
 参照/「人は愛するに足り、真心は信ずるに足る アフガンとの約束」(中村哲、澤地久枝=聞き手)岩波書店

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